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今日はベボラ選手権の決勝が行われまし
た。前日は縁起を担いでトンカツを食べて、
ルイも気合満々で会場に向かいました。
会場に着くと7,8歳の決勝が行われていま
した。ボンベーロのオレンジ対体育館チー
ムのグレーの対決で、なかなかレベルの高
そうな試合が行われていました。
父兄の応援ボルテージも最高潮に達して
いるところで、グレーの5番の鮮やかな弾丸
ミドルシュートが決まり同点に追いつきまし
た。もう時間もなく誰もがPK戦だと思ってい
たところで、体のしなやかなグレーの8番の
ゴール前でのボレーが決まり、感動的な逆
転勝利を飾りました。
この前見た時は初戦だったため、「グレー
もあまりパッとしないな」と思っていました
が、今日は気迫もテクニックも結構なレベル
で、かなり白熱していました。
前座に3位対3位、2位対2位の試合が行
われ、いよいよルイのグレーチーム対青チ
ームの決勝が行われました。
両チームとも6人ずつ勢揃いしているた
め、今日はキーパーは別で5人対5人で試
合が行われました。グレーチームはルイを
中心に試合前にふざけて遊んでいました
が、ボンベーロのコーチのルシアーノさんは
青チームを集めて真剣に作戦を指示してい
たようです。
ルイのセンターからのキックで試合が始ま
りました。今回も5対5ということで真ん中で
の団子状態が多く、抜け出すことは至難で
した。予想通りルイのグレーが攻めている
時間が多かったようでした。
しかしなかなかお互い決定的なチャンスは
ありませんでした。コーナーキックからファー
で待っていたルイがボレーで合わせました
が、惜しくも枠の外に外れてしまいました。
その後の不安定な態勢から打ったシュート
も勢いがなく、簡単にキーパーに取られてし
まいました。
今日はジョアンペドロ君もベルナール君も
目立ったシーンがありませんでしたが、献身
的なルイとベルナール君の中盤とエンゾ
君、ジェフェルソン君の固い守備を突破する
のは相手にとっても難しいだろうと思ってい
ました。
しかしサッカーにはこういう不思議なことが
よくあるのです。私も息を抜いていた瞬間に
青チームの右からのフリーキックがあったよ
うです。私が気づいた時にはグレーゴール
にボールが入っていました。観客の誰もオ
ーッという歓声は聞こえませんでした。コー
チのベルナルドさんも「何が起こったんだ」と
いう顔をしていました。私は「サイドラインか
ら直接打ったのだろうからノーゴール」と思
っていました。誰も何が起こったのかは解ら
なかったようですが、審判はゴールの判定
を下していました。不思議なことにみんなが
見ていなかったゴールだったようです。
まさか審判の誤審?普通のフリーキックだ
ったなら壁も作る時間もあるだろうし、「本当
に審判は笛を吹いていたのだろうか?」「本
当にフリーキックだったのだろうか?」味方
キーパーも準備していない状態のゴールに
呆気に取られていました。
納得のいかないゴールにグレーチームの
気持ちも崩れそうになりました。調子に乗っ
た青チームの絶好のシュートはキーパーの
スーパーセーブに助けられました。
ルイ達グレーチームは焦っているように見
えました。攻めはするものも青チームの守り
やマークも固く、決定機を生み出せないまま
試合終了のホイッスルが鳴りました。"絶対
勝つもの"と信じていたのは私だけではな
く、ルイと仲間達、グレーチームの父兄たち
も予想外の結果に呆然としていました。
もちろん、青チームの子供達は大喜びで
した。私も初めての経験に「ルイに何て励ま
せばいいのだろう」と考えてしまいました。
子供達と父兄が裏の表彰台に集まってき
ました。ルイは表彰台の上にショックで寝転
がってしまいました。私には一つも目を合わ
さないで、混みあった表彰台の前ではうなだ
れたルイの坊主頭の後姿しか見えませんで
した。
6位のチームから3位のチームまでが順
番に表彰台に上がってメダルをもらっていま
した。2位の表彰式が始まりました。ジョアン
ペドロ君は無理やりにこにこしていました。
ベルナール君、ジェフェルソン君も悔しそう
な顔をしていました。
ルイは「表彰台に上がりたくない」と駄々を
こねてコーチに抱っこされて無理やり上げら
れていました。表彰台に上げられたルイは
泣き顔でくしゃくしゃでした。胸にかけられた
2位のメダルも直ぐに取って表彰台を降りま
した。
大会得点王は3点を入れた4人で、ベル
ナール君、ジョアンペドロ君、カヒーニョ君と
もう一人今日の不可解なゴールを決めた青
チームの子供でした。
負けて泣いているルイの姿に私は"敗者
の美"を見つけたように感じました。
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ルイと夕方のビーチに行くと、見た目ジエゴ
に似たお父さんとひ弱そうな子供が二人で1
対1をしていました。
ルイは海に遊びに行ってしまったので砂の
上に座りながら様子を見ていると、サッカー
が大好きなお父さんは自分の子供に教えた
いようで熱心に「ボールを見ながらドリブルす
るな」、「ペダラーダやってみろ」、「ほらここで
切り返せ」と教えていました。
子供はお父さんから教えられているようで
見真似のテクニックは少し知っているようで
すが、気持ちが入っていない子供に教える
のは大変そうでした。
「本当にこの子はサッカーが好きなのだろ
うか?」と私は疑問に感じました。
何となく無理やりやらされているという感じ
でした。
そこにお父さんが一人の子供を連れてきま
した。「彼とやってみろ」と連れてきた子供は
去年よく一緒にルイと遊んだマチアス君でし
た。
去年と少し変わったマチアス君は乳首の周
りに太陽のような刺青をしていて、ガラが悪く
なったように見えました。足がひょろ長く、栄
養失調のようなお腹に顔はルイスファビアー
ノに似たアフリカ系ブラジル人で、いわゆる
ブラジルのサッカー選手によくいる雰囲気で
す。
彼のお父さんが夏にビーチでビールやジュ
ースを売っているようで、いつもこの辺でサッ
カー相手を探してうろついているようです。
ひ弱そうな子供とマチアス君の1対1が始ま
りました。
いつも海で腕を磨いているハングリーなマ
チアス君に、温室育ちそうな子供が勝てるわ
けがありません。ひ弱そうな子供はまったく
ボールを取れないまま、諦めて海に逃げてし
まいました。
海から戻ってきたルイはマチアス君を見つ
けて1対1を仕掛けていきました。去年は対
等に遊んでいたはずのマチアス君は腕を上
げたのか、ルイもほとんどボールを奪うこと
ができません。マチアス君のしなやかそうな
体がくねくねとルイのボールを奪おうとする
角度を遮断します。
「ルイもこの1年、フットサルで腕を磨いて
きたはずなのにこの差はなんだ!フットサル
のお坊ちゃん達には通用しても、ストリート系
の子供には歯が立たないのかな」と驚きまし
た。
それにしてもマチアス君はチビとは違って
乱暴なプレイはしないのですが、少しでもボ
ールを奪われると、すぐに倒れこみ痛がった
振りをします。ここまで露骨だと大道芸人並
みです。
マチアス君は私に「ゴールの方でやろう
ぜ!おじさんはキーパーになってくれ」と言う
ので3人でふかふかの砂の方のゴールに向
かっていきました。
私がキーパーになってルイとマチアス君の
1対1が始まりました。ここではルイは昔のよ
うにマチアス君をドリブルでうまく振り切って
いましたが、マチアス君のインザーギ並みの
大道芸人ダイビングは止まりません。
私はルイに「いちいちマチアスが倒れた所
でプレーを止める必要はないよ。きりがない
から。」と言いました。
その後二人の子供が参加してきました。2
対2のチームを作ってゲームが始まりまし
た。私は審判兼ゴールキーパーを任されまし
た。
またマチアス君が倒れました。かなり痛が
っていた顔をして足を押さえながら倒れこん
でいます。もう私は騙されたくないので放って
おきました。しかしあまりにも長くに倒れこん
でいるので、少し心配になって、マチアス君
を抱えて外に出して「大丈夫か!」と聞きまし
た。
一応彼も子供なので「本当に怪我をしてい
たら大変だ」と思いました。マチアス君は「痛
い、痛い、足を蹴られた」と涙目で私に訴え
ました。
私は可愛そうに思い、情けに負けてマチア
ス君に「じゃあフリーキックからやり直そう」と
言ってあげました。二人の子供のチームは
「えー何だよそれ」と審判の私に文句を言っ
てきました。
マチアス君は痛そうな顔で足を引きずりな
がら、ボールを持ってとても近いところからフ
リーキックを蹴りました。
勢いのあるボールはゴールに入り、けろっ
とした顔のマチアス君は「ゴーーーーールー
ーー」と飛び跳ねながら喜んでいました。
「くそっ、また騙された。
確か去年もこんなことをやられたな。」と彼
に同情した自分を後悔しました。
二人の子供はマチアス君に「汚いぞこい
つ」と詰め寄り喧嘩になりそうになりました。
私は「試合終了!」と叫び、ルイを連れて帰
りました。
そ れにしてもマチアス君には"呆れて物も
言えない"という感じですが、ブラジル選手権
やイタリアのセリエAを見ていてもこんなのは
日常茶飯事です。
「こういう相手とやるのも良い経験なんだろ
う」と思い納得して帰りました。
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クリスマスの夕方
リオの夏休みが始まりルイのフットサルも
柔道も休みに入りました。
特にフットサルはリオのカーニバルも挟ん
で休みのため約2ヶ月間も休みになります。
今日は25日のクリスマスということで、昨
晩のイブパーティーで盛り上がった家族が
ゆっくり休んでいるほのぼのした日でした。
いつものようにルイと一緒に夕方にビーチ
に行くと、昨夏に一緒によくビーチサッカー
をして遊んでいたアレッシャンドリ君がリオ
に帰ってきていました。
1年ぶりにリオに帰ってきたアレッシャンド
リ君にルイは大喜びでした。ルイは最近、チ
ビやマチアス君とよく遊んでいましたが、彼
らはとても自分勝手な子供達だったため、
遊びにまとまりがありませんでした。
兄貴タイプの10歳のアレッシャンドリ君は
周りにいる子供をどんどん誘ってチーム分
けをしてまとめてくれます。
私はゆっくりルイの遊びを観戦しようと思
っていましたが、子供達にゴールキーパー
に任命されてしまいました。
ルイとチビとアレッシャンドリ君ともう一人
いた初めて見る子はルーカス君という7歳
の子供でした。使っていたチビのボールは
ビーチサッカーの公式用のボールなのでし
ょうか、固めの軽いボールでした。
ルイとルーカス君、チビとアレッシャンドリ
君のチームで2対2が始まりました。いきな
り至近距離からのチビのシュートを左手で
はじいたのですがゴールに入れられてしま
いました。それにしてもチビのシュートは強
烈で、小さいながらもすごいパワーのシュー
トに驚かされました。
確かチビはジュニオール・ネゴンというブラ
ジル代表ビーチサッカー選手のビーチサッ
カースクールに通っているそうです。チビの
強いフィジカルとパワーはそれと関係してい
るのでしょう。
ルイも1月、2月がフットサルスクールがお
休みのため、夏の間だけそこに通う予定で
います。理想としては、ルイにもこのブラジ
ル人のようなパワーとダイナミックさがつけ
ばと思っています。しかし人にはそれぞれ性
格、持ち味があるので、ルイにダイナミック
さがつくとはなかなか考えにくいですが、砂
の上でサッカーをするということだけでもか
なり足腰が鍛えられるだろうとポジティブに
考えています。
初めて見るルーカス君はかなり積極的に
ボールを持ち、がんがん攻めてきます。ル
ーカス君が打ったシュートをかろうじてはじ
いたのですが、そこに詰めてきたルイに決
められてしまいました。
休憩時間の間、ルーカス君は私をキーパ
ーに立たせて、オーバーヘッドキック、ボレ
ーを披露していました。まだ7歳だというの
にこんなアクロバティックなプレーをいとも簡
単にこなすルーカス君に驚かされました。ル
ーカス君はサッカースクールに通っていない
そうです。また自然ビーチ仕込みのすごい
子供に会ってしまいました。
一緒にやりたいという子供達が増えてきた
ので、アレッシャンドリ君は向こうにあるゴー
ルも使って試合をしようと言い出しました。
向こうのゴールには金髪のフランス人のお
父さんと二人の子供が使って遊んでいまし
た。アレッシャンドリ君は彼らと話して一緒に
試合をすることになったようです。向こうの
キーパーはフランス人のお父さんが務める
ようです。
フランス人の二人息子は6歳と5歳です。
お兄ちゃんのナタン君はかなりお父さんに
鍛えられているのか、結構な強さとテクニッ
クを備えているように見えました。
私のチームはアレッシャンドリ君、チビとそ
の他の子供達、敵チームはルイ、ルーカス
君、フランス人兄弟がいました。ルーカス
君、ナタン君が積極的に攻めてきますが、
私は本気になって彼らのシュートを間一髪
で防いでいました。ルイの会心のシュートを
私は横っ飛びスーパーセーブで止めてしま
いました。
フランス人お父さんは息子のナタン君にゴ
ールを決めさせようと、大きい声で指示を出
していました。ナタン君はゴール前でボール
を奪われると倒れこんで泣き崩れます。私
はボールをキャッチするとすぐにゴール前に
いるアレッシャンドリ君とチビに大きくキック
します。
二人のコンビネーションでゴールをねらい
にいきますが、フランス人のお父さんも必死
に守っているようです。攻めっぱなしのナタ
ン君と守りっぱなしの弟とその間で汗をか
き、走り回って攻守に活躍しているルイがバ
ランスを保っているようでした。
その後、アフリカ系の体のがっちりしたお
ばさんが息子二人と娘1人を連れて、「入れ
てくれ!」と入ってきました。私は最初子供
達だけプレーするものと思っていましたが、
おばさんもゲームに入ってきました。
おばさんはゲームを仕切り、大きい声で周
りに指示を出し、すっかりチームのキャプテ
ンになっていました。アレッシャンドリ君が上
げたクロスにおばさんは容赦なしの強烈な
ダイビングヘッドでフランス人お父さんのゴ
ールに突き刺しました。
「すごいおばさんだ!」と私は遠くのゴール
で驚いていました。その後もキーパーが蹴っ
たボールをヒールでダイレクトボレーしたりと
かなりの個人技を披露していました。「なで
しこジャパンよりは相当うまいだろう」と私は
思いました。
夜も遅くなってきたためみんなそれぞれ家
に引き上げていきました。私達も「また明
日!」とみんなに挨拶して帰りました。それ
にしても充実したクリスマスの夕方でした。
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ビーチサッカースクール
ルイは今年の1月から近所のビーチサッカ
ースクールに入りました。ジュニオールネゴ
ンというブラジルビーチサッカー代表選手が
開催しているスクールで子供達に週3回無
料で開放しています。お坊ちゃんが集まる
高い月謝のフットサルスクールとは雰囲気
が違って、庶民やアフリカ系の子供も集まっ
ているためレベルもこっちの方が高いような
気がします。もちろんフットサルとビーチサッ
カーは別物なので簡単には比べられません
が。
前のフットサルスクールには上手な子と下
手な子がはっきり分かれていました。下手
な子供は体がこちこちしていて集中力がな
く、何ヶ月やってもうまくドリブルやシュートが
できないような不器用な現代っ子風という感
じでした。上手い子はテクニックよりも集中
力、判断力、ゴールに対する執着心がはっ
きり現れている印象でした。
ここには折角ビーチという環境があるのだ
から、私は常にルイにビーチサッカーを勧
めていましたが、今までは絶対にやりたがり
ませんでした。最近ここでチビや近所の子
供達とビーチでサッカーをするようになっ
て、やっと自信が付いてきたようです。
幽霊のように全くボールに絡まなかった去
年とは違って今は堂々とプレーするようにな
りました。
今日は初日のため、ユニフォームを持っ
ていないのはルイだけでした。他は全員去
年から続けている子供達のようです。
最初に全員で砂場を走らせた後、大きい
子供と小さい子供にコートを分けました。ル
イがいる6歳の子供は小さいコートに小さい
半円ゴールが備え付けられていました。
いつも一緒にビーチで遊んでいる7歳のジ
ョアン君(チビ)も小さい子供のクラスにいま
した。柔道仲間のジョナタン君は7歳ながら
も大きい子供のクラスでプレーしていまし
た。
ジョナタン君のお母さんが言うにはもう彼
は3年以上ここで続けているそうです。
ルイのクラスには10人位の子供達がいま
した。コーンを使った軽いターンの練習をし
た後にミニゲームが始まりました。やはりこ
のスクールでもメインはゲームで練習はほ
とんどありませんでした。
夏休みになって、フットサルではなくビーチ
サッカーばかりをしていたルイは自然にプレ
ースタイルを変えていました。フットサルスク
ールではボールのあるところにがんがん顔
をだして、ボールだけを追っていましたが、
走りづらい砂の上では無駄な体力を消耗し
てしまうだけだということを自分で感じたの
でしょう。
今は攻撃の時には、ゴール前に走りこん
で中に入ってくるボールやこぼれ球をねらう
ようになってきました。もちろん相手がボー
ルを持っているときには執拗に奪いにいっ
ています。
今日のミニゲームは4対4でした。敵チーム
にはジョアン君がいました。自分勝手でわ
がままな彼はチームの中心になり、一番目
立っていました。
彼は当たりもドリブルもシュートも強く、伊
達に毎日ビーチで遊んでいるわけではない
というところを証明していました。
最初にルイのチームの子供が入れたよう
ですが、すぐにジョアン君のボレーで1点返
されてしまいました。その後ルイが抜け出し
ました。フットサルとは違いゴールがかなり
小さく、相手キーパーがいるため遠くからの
シュートは入れづらいことをルイは分かって
いるようです。ぎりぎりまでドリブルしてキー
パーがスライディングで飛び込んできた瞬
間にシュートを打ってゴールを決めました。
「さすがルイだ!」と私は心の中で叫びま
した。ジョアン君や相手チームの子供は「フ
ァールだ!ルイがキーパーを蹴った」などと
勝手な抗議をコーチにしていました。
ブラジルではどんなゴールであろうと決め
られた後に悪あがきな抗議をするのは普通
なことのようです。
ルイは倒されても蹴られても抗議をしない
ため、「彼は何で抗議しないんだ?」と昔あ
る人が言っていました。
日本では審判に抗議しないということは、"
潔い"というポジティブな言葉に当てはまる
ようですが、ブラジルではアピールしないこ
とは「何で?変わった子」ということになるよ
うです。"
サッカーは敵だけに勝つのではなく、審判
にも勝たなくてはならない"というのが長い
サッカー文化を持つブラジルにはあるので
しょう。
ミニゲームはジョアン君がもう1点入れて
同点になり、PK戦で負けてしまいました。
ルイにとって今日は初めてのビーチサッカ
ースクールでしたが、ゴールも決めてかなり
楽しかったようでご機嫌に戻ってきました。
もちろんフットサルも捨てがたいのです
が、2008年の夏の間はビーチサッカース
クールでいこうと思っています。
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ビーチサッカースクールで感じたこと
今日は2日目のビーチサッカースクールで
した。
ルイのクラスには8人位の子供達が集ま
っていました。
今日は柔道仲間のジョナタン君もこっちの
クラスにいました。
まずはアフリカ系ブラジル人ブエノコーチ
に連れられてビーチの端の岩場までランニ
ングです。そんなに長い距離ではないので
すが、砂の上ということを考えるとなかなか
ハードなのでしょう。
ランニングから戻ってきて各自父兄のとこ
ろに水分補給に行きました。しかしすぐに笛
が鳴り「戻って来い」の合図が鳴りました。
今日も小さいコートでのミニゲームのため
のチーム分けが行われました。
ルイのチームにはルイ、ジョナタン君、幼
稚園の同僚のデービッチ君ともう一人、相
手チームはジョアン君、パウロ君、その他二
人の子供の4対4でした。ゴールキーパーは
なしで手を使ってはいけないルールのようで
す。
笛が鳴りミニゲームが始まりました。いつ
も柔道では物静かそうなジョナタン君が風の
ようなドリブルで突進していき、いきなりゴー
ルを決めました。現在7歳のジョナタン君は
4歳の頃からこのスクールで鍛えられている
ようで、砂の上とは思えないようなスピードと
テクニックを披露していました。体力もあり
足腰も強いため、一人でがんがん砂の上を
駆け回っていました。
ルイはジョナタン君が持っているボールを
待って、フリーランニングでゴールをねらっ
ていました。
「ルイはいつからこんな動きを覚えたのだ
ろう?」
フットサルの時は常にボール保持者のそ
ばに寄っていて、フリーでゴール前に走りこ
む動きはまったくありませんでした。
「この動きをあの時のベボラ選手権決勝で
やっていれば優勝できたのに」と思いました
が、「成長には順番があるので、あの時の
悔しさがあって自分なりに考えて今に達して
いるのだろう。」と納得しました。
ジョナタン君、ルイ、もう一人の子の3人の
分厚い攻撃に、相手チームはジョアン君ひ
とりで防戦一方です。ジョナタン君のクロス
からゴール前に詰めたルイの膝に当たって
ゴールになりました。
ジョナタン君の遠めからのフリーキックも
決まって前半終了しました。父兄のところに
水分補給をした後にすぐに後半が始まりま
した。
それにしてもジョナタン君には驚かされま
した。柔道では見せない闘争本能を剥き出
しにして、熱くコーチの審判に食って掛かっ
ていきます。
この年齢ではスピード、テクニック、気持ち
すべてにおいて頭ひとつ抜けているという感
じでした。彼が柔道を習っている理由ももし
かしてサッカーに繋がることを期待してのこ
とかもしれません。
ブラジルではすでに、柔道はサッカー教育
において心身、フィジカルを鍛えるのに適し
ていると公に判断されているのでしょうか?
確かに柔道教室にはサッカーチームのユ
ニフォームを着ている子供が多いこと、ある
チームのサッカーコーチをしているお父さん
が毎週子供の送り迎えをしていることなど、
繋がりを感じさせる部分がよく目につきま
す。
ルイより1歳年上のジョナタン君とは柔道
教室も合わせて、週5回も顔をあわせること
になります。目上のライバルがいることはル
イにもいい影響になると思っています。
後半早々、ジョナタン君がゴールを決めた
ところで、相手チームの一番目立っていな
い子供と守備で目立っていたデービッチ君
が交代すると徐々に守りばかりに周ってい
たジョアン君が攻めてきました。
ルイも何度か決定機がありましたが惜しく
も阻まれました。結果4対2でルイのチーム
が勝利しました。
この5〜7歳までのひよっこクラスは去年
のフットサルスクールに比べて、全体的にレ
ベルが高い子供が多いように感じました。
前のフットサルスクールはやる気のある子
もいましたが、日本で言う"ただの習い事"と
して健康のためにやっている子供も少なくあ
りませんでした。
このビーチサッカースクールはみんなやる
気があり本気の子供しかいません。
無料サッカースクールながらも、"サッカー
を習える"という喜びを持ったハングリー精
神を持っている子供が集まっているような気
がします。"
この部分が二つのサッカースクールの違
いであり、また日本とブラジルのサッカー少
年&選手の意識の違いでもあるのではない
か"と私は思っています。
クラス終了後もブエノコーチはルイ達3人
の子供に頭リフティングのやり方を教えてく
れていました。
ルイは終了後も子供達とビーチでボール
で遊んでいるので、私は12歳から15歳の
子供の練習試合を見ていきました。ほとん
どの子供達がアフリカ系ブラジル人でかなり
のレベルの子供達がプレーしていました。
ビーチサッカーワールドカップで見たビー
チサッカーはゆっくりとパスを回し、ドリブル
よりもロングパスからアクロバティックなプレ
ーでゴールする展開が多いように感じました
が、この子供達のプレーはドリブル、個人技
で打開しながら、スルーパスを出してスペー
スに走りこませるような華麗なサッカーをし
ていました。
ここにも私の好みの体が小さく、柔軟性の
ある10番タイプの天才肌ドリブラーが二人
ほどいました。
南米プロサッカー選手でいえば、メッシ
ー、ジエゴ、バルディビア、デコという感じで
しょうか。
ブエノコーチにその二人のことを聞いてみ
ました。二人ともフルミネンセの下部組織に
属している選手でビーチサッカースクールと
掛け持ちしているようです。一人の子はネネ
というビーチサッカー選手の子供で、もう一
人の子供はブラジルビーチサッカーの英雄
ベンジャミンの子供ということです。ベンジャ
ミンはすばらしい魅せる個人技を持った"マ
タドール(闘牛士)"とあだ名されるブラジル
代表のゴールハンターで、代表でも1番人
気のある選手です。
さすがビーチサッカーブラジル代表キャプ
テン・ジュニオールネゴンのスクールだけあ
って、ビーチサッカー選手社会で組織されて
いるようです。
ちなみに今話しているブエノコーチも現役
ビーチサッカーブラジル代表で、今は膝の
手術をした後でリハビリ中ということです。
私はこの子供達を見てルイの目指す方向
が何となく見えてきた気がしました。
フットサルのお坊ちゃんの子供達の社会
ではなく、ハングリーなビーチサッカーの子
供達の社会にブラジルプロサッカーは直結
しているのでしょう。
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no36 今の時期は創造力を育てるのが一番大事だと思っています。 |
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2008,3,15
カーニバル後
リオの長い夏休みがカーニバル終了と共
に終わりました。今年の夏は雨で天気の悪
い日が多く、ビーチサッカースクールも2週
間雨で流れたり、カーニバルで1週間潰れた
りと休みが多かったのですが、今日は久し
ぶりの晴天でした。
ルイ達のクラスには15人位の子供達が集
まっていました。
ルイは10月のフットサルから1月までほと
んど毎試合ゴールを決めていたのですが、2
月になってからのここ1週間はゴールから遠
ざかっています。
ビーチサッカーではルイがボールを持つと
まるでプロレスのようにみんなが体で潰しに
来ます。潰されるのはブラジルでのドリブラ
ーの宿命なのでしょうか?
ルイは砂の上での足腰の強さにまだ慣れ
ていないからなのかよく転びます。これもマ
イナスポイントです。砂の上での足の速さが
まだ他の上手な仲間たちにはかないませ
ん。
もう一つはシュート力が他の子より足りな
いような気がします。インステップでの弾丸
のような強いシュートはまだ打てません。
フットサルスクールではいつもトーキックや
インサイド、インフロントで蹴っていたため、
インステップはあまり慣れていません。
ブエノコーチからはトー、インフロントでは
足を痛めやすいからか、インサイドかインス
テップにしなさいと言われているようです。
ここの子供達のゴールの傾向としてサイド
からドリブルで抜け出しての遠めからのシュ
ートがよく見られます。
私もルイに「こうしたほうがいいんじゃない
か」などのアドバイスを与えたいのですが、こ
こは自分で考えてプレーをさせることを優先
させようということで何も言わないようにして
います。
今の時期は創造力を育てるのが一番大事
だと思っています。
昔のフットサルスクールのようにルイはこ
のスクールの中心プレーヤーではありませ
んが、次第に慣れていくことを期待してじっく
り見守っていきたいです。
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no37 ブラジルでプロを目指す少年(19歳)の話 |
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2008.3.23
ブラジルのサッカー教育
今日は友人のゼジーニョさんのパーティー
に招待されました。
リオグランデ・ジ・ノルテ州ナタウ出身のゼ
ジーニョさんにはリオに着いた当初からいろ
いろとお世話になっていました。
パーティにはナタウからのゼジーニョさん
の友人が何人か来ていました。
その一人の女性と偶然話していたところ、
彼女にはサッカーのプロを目指す19歳の
息子さんがいるということでした。彼女が言
うには息子さんはナタウでプロを目指してい
ましたが、プロサッカーチームが少ないナタ
ウでは難しいため、選択幅が広いリオにプ
ロを目指しに来たそうです。
かれこれリオにはもう3年住んでいて、リオ
州選手権の常連のマドゥレイラを経て、今で
はリオのチジュカにあるアメリカというチー
ムの練習生として励んでいるそうです。
その女性に紹介されて彼と話す機会を得
ました。
今まで知らなかったのですが、彼はゼジー
ニョさんの家に居候させてもらっているとい
うことです。
名前はイバン君といい、見た目はフラメン
ゴのサイドバックのレオナルド・モウラに似
ている浅黒い礼儀正しそうな青年でした。
私は彼に自分には6歳の日本人の子供が
いて、去年まではフットサルをやっていたの
ですが、今はジュニオール・ネゴンのビーチ
サッカースクールで頑張っていることを話し
ました。
そしてブラジルの育成システムについて少
し聞いてみました。
「ブラジルでは大体12歳まで、子供には
自由を与えてサッカーを遊ばせて楽しませ
る習慣になっているんだよ。その頃まで型に
はめないで、創造性、自主性を伸ばすよう
に育成するのが大事なんだ。小さい頃から
テクニックや戦術などを頭に詰め込ませて
教育すると途中で挫折するケースが多いん
だよ。子供には絶対プレッシャーや押し付け
を与えてはいけないよ。」と言っていました。
私はテクニックのあるルイはフットサルで
活躍していましたが、フィジカルと気持ちを
強くするためにビーチサッカー、柔道を始め
たことを説明しました。
「ブラジルの多くのサッカー選手はみんな
フットサルから始めてるんだよ。その後、大
体12歳を過ぎた頃から普通の大きなコート
でのサッカーに移行していくんだよ。
小さい頃は自分でテクニックを磨いた方が
いいよ。
フィジカルは15歳になってから鍛えれば
いいとブラジルでは言われてるよ。
ビーチサッカーは確かに足腰を鍛えるに
いいと思うけど、ブラジルではビーチサッカ
ーがブラジル人のサッカーのうまさの秘密と
は思われてないよ。
僕もカカもロナウジーニョもロナウドもみん
な小さい頃にフットサルでサッカーの基礎を
身に付けたんだよ。ルイ君にも今はビーチ
サッカーよりフットサルの方をお勧めする
よ。
あと柔道はフィジカルを鍛えるのにも、礼
儀を教育するのにもいいらしいけど、サッカ
ー選手ではなく、そのまま柔道家になってし
まうケースも多いらしいよ。
そして一番大事なのは子供がやりたいこ
とをやらせること。ビーチサッカーが好きな
らそれをやればいいし、フットサル、柔道が
好きならそれをやればいいと思うよ。」とイ
バン君は言っていました。
もちろんこれは彼の意見と経験で、子供
時代のビーチサッカーの経験のおかげでプ
ロサッカー選手になったケースもあるはずで
す。
子供時代のいろいろな経験が12歳以降の
サッカーの実戦に繋がっていくのでしょう。こ
の前テレビでカカが幼少時代にサーフボー
ドを持っている写真を見ました。
「やっぱりクラッキ達はサッカーだけでなく
いろいろなことをやってたんだな」と思いまし
た。
あと小さい頃にはフィジカルを鍛える必要
はないという意見は私には意外でした。
多分、筋力トレーニングは必要ないという
ことを言っているのでしょう。ただ柔道やビ
ーチサッカーなどで当たりの強い相手に揉
まれる経験は大事だと思っています。
私はこの辺のサッカースクールではどこが
おすすめかを聞いてみました。
「やっぱり今はフルミネンセだね。リオの
中の育成部門ではフラメンゴより抜けてる
みたいだよ。ビーチサッカーもジュニオール
ネゴンよりフルミネンセがいいと思う。フルミ
ネンセのビーチサッカースクールは芝サッカ
ー、フットサルなどのスクールの一部だから
コネクションも多いし、教育もしっかりしてい
ると言うよ。ジュニオール・ネゴンもコネクシ
ョンが多いことは聞くけど、いわゆるリオの4
大ビッグクラブにはかなわないと思うよ。ル
イ君はボタフォゴファンらしいけどボタフォゴ
は育成部門では他の3つのクラブよりは一
歩落ちるみたいだよ。まあだけど6歳のルイ
君に大事なのはどこでもいいから好きなとこ
ろでサッカーを楽しむことだよ。
その年代では習うことより遊ぶこと。そこ
からいろいろ発見していくことだよ。育成うん
ぬんは12歳以降の話だよ。」とイバン君は
言っていました。
それにしても良いことを言います。子供の
気持ちにゆとりを持たせる教育でしょうか。
要するに小さい子供の頃はいろいろ考えな
いで、シンプルにボールを追って自分がゴ
ールすることだけを考えさせる。
それはゲーム内での集中力とゴールへ対
する気持ちの強さなどを育てるのでしょう。
小さい頃にいっぱい遊ばせるというのはとて
も大事なことなのです。
話は少し逸れるのですが、ブラジルではい
ろいろな宣伝にサッカーボールがでてきま
す。
例えば銀行の宣伝で元サンパウロのライ
ーがリフティングしながら、
「この銀行で口座を開きなさい。とても信
用できる銀行です」などの宣伝文句を言って
います。これはブラジル人がボールを見ると
自然に目がいってしまう習性をねらったサッ
カーとはまったく関係のない銀行の宣伝な
のです。
私もわかっているのですが、ルイが調子の
悪い時についつい「何でこういう風に動かな
かったんだよ」と思わず愚痴ってしまう時が
あります。
本当はそれは言ってはいけないと思って
いるのですが、たまに未だに我慢ができなく
なる時があります。
イバン君は「僕のお父さんも試合後にいろ
いろ言ってきてたよ。だけどそれは父親とし
ての人間の習性なので世界共通だよ。だけ
どお父さんやコーチの言うことを素直に聞く
かは別の話だよ。」と言いました。
私は「そうか、ブラジル人のお父さんも口う
るさく言うんだ。だけどそこを軽く聞き流す
か、真剣に怒られて反省して考え込むかが
ブラジル人の子供と日本人の子供の違いな
のかもな?」と思いました。
「僕も今回の選抜テストが最後のチャンス
なので、もし落ちたらナタウに帰るつもりだ
よ。僕は本当はずっとフォワードだったんだ
けど、今のアメリカのチームには空きがない
ので、サイドバックをやってるんだよ。だけど
意外とおもしろくて頑張ってるよ。一番大事
なのは選抜されてプロになることだからね。
ポジションはどこでも頼まれればやるよ。」と
イバン君は言っていました。
こういう人が知り合いにいるとルイにとって
も頼もしいので、是非プロになってリオに残
って欲しいと思います。
今日もいろいろ貴重な話が聞けて楽しか
ったです。とにかくルイの将来を考えるのは
まだ早すぎるようです。今は遊ばせて楽しん
で自分独自の第6感を磨くことでしょう。
それがサッカーに限らず将来の子供のい
ろいろな可能性に結びつくはずです。
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2008,3,30
日常生活において
ブラジルはボーッとしていると生きていけな
い国です。
それぞれが常に目を光らせて生きていか
ないといけません。
昨日、薬屋さんのレジで並んでいたときの
ことです。
レジは一つしか動いていなく、私の前には
年配の細めのお婆さんと中年のおじさんが
並んでいました。
すると急にもう一つのレジが空き「次の方
どうぞ」と知らせてきました。日本だったら自
然に次に待っているお婆さんがそっちのレジ
に周るはずになっています。この一瞬の間
にお婆さんより後ろで並んでいたおじさんは
お婆さんを追い越してそっちのレジに行こう
としました。その時、おっとりそうな見た目の
お婆さんがおじさんに抜かれないように体を
入れて抜かれるのを防ぎ、見事新しいレジ
に向かいました。
お婆さんの体の入れ方の巧みさと抜かれ
まいとする気持ちを見た時「こんな何て事の
ない日常生活でもサッカーに繋がるような動
きをブラジル人は身に付けているんだな」と
感心させられました。
この前、スーパーで長い行列を並んでいた
時のことです。後ろからお婆さんが「この商
品見つかったよ。」と叫びながらずけずけと
私の前に入り込みました。私は前の人がそ
のお婆さんの息子さんなのかと思いました
が、雰囲気を見ていると知り合いではなさそ
うです。
結局その行為は恥知らずのただの割り込
みなのでした。
私は「この人はこんなことまでして、割り込
みして恥ずかしくないのかな?」と思い睨ん
でいましたが、何もなかったようにケロッとし
ています。
これもいわゆるサッカーにおけるシュミレ
ーションという反則行為ですが、審判の見て
いない状態と言葉のうまくない外国人の隙を
ねらうというテクニックだったようです。
本当は「これは割り込みだ!」とすぐに判
断して、私が体を入れてお婆さんの割り込み
を防がなくてはいけなかったのですが、咄嗟
の判断力とお婆さんという年寄り相手という
甘さから抜かれてしまったという日常生活の
ワンシーンでした。
ブラジルで外国人旅行者が泥棒に会った
とき、ブラジル人は表向きでは「残念!可哀
想だったね」という態度を取りますが、心の
中では「お前がボーっとしてるから悪いんだ
よ!」と思っているのです。
こういう厳しい環境がサッカー強国たるブ
ラジルの要因の重要な一部なのです。
ある人は「日本は日本人らしく正々堂々と
プレイして、勝つことが日本人の価値であ
る」なんて言っていますが、そんなことを言っ
ていたらいつまでたってもサッカー強国に勝
つことはできないでしょう。
日本がブラジルにサッカーで勝つことはあ
る意味、日本の"正義の価値観"を捨てて
も、ハングリーに勝つことに執着しないとい
けないのではと思います。
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長い間、ご愛読を頂きありがとうございま
した。
しばらくリフレッシュの為に連載を中止い
たします。
大五郎より
2008年4月13日
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